2015年11月分(五篇)

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2015年11月29日(待降節第1主日)
『苦しみを知っておられるイエスさま』
マルコによる福音書 3章7~12節


 今イエスは弟子たちと共に町を離れ、ガリラヤ湖のほとりに来た。すると、一行を追うようにして、大ぜいの群衆がついて来た。この群衆は電車も車もない時代に、100kmも150kmも離れた所から、東西南北あらゆる方面から集まって来たのである。
 これは、実に終末的な出来事である。イザヤ書11章12節には「主は、国々のために旗を揚げ、イスラエルの散らされた者を取り集め、ユダの追い散らされた者を、地の四隅から集められる」と、その日のことが預言されている。今それが起こったのである。「残りの者が帰って来る」とイザヤ書10章20節に言われていた「その日」が始まった。
 ところで問題は、彼らがどうしてそれ程遠い所から、歩いて何日もかけてイエスのもとに来たのかということ。それはとても単純、病気を癒して欲しかったのだ。イエスなさった数々の奇跡、特に癒やしの出来事を聞いて、彼らは集まって来た。人々がイエスに求めたのは、自分のあるいは家族の病気が癒されること、それだけだった。ここには、イエスが来られた目的との間のズレがある。このおびただしい群衆の熱気、必死さはものすごいものだったと思う。
 イエスは私たちの人生のすべての問題、課題を必ず解決してくださる。かといって、病気を治してほしい、仕事が欲しい、受験が上手くいくように、それだけを求めても、神はいつも、私たちが求め願っているように問題を解決してくれるとは限らない。多くの場合、神は、私たちが求め願っているあり方とは全く違うあり方で道を開き、解決してくださるのである。
 私たちは、「神の恵み」を、こんな困難の中にあったけれども、思いもよらないあり方で助けられた、あるいはこんな風に守られた、支えられたということを考える。もちろん、それは神の恵みであるに違いない。しかし神の恵みのみわざというものは、当たり前の日常生活の中に溢れるほどあるのではないか。私たちがそのことに気付くかどうか、そこに目が開かれるかどうかということが大切なのである。これに気付くとき、いつでもどこでもイエスが私たちと共にいて、生きて働いてくださっていることが分かる。いつでも主イエスをほめたたえることが出来るようになる。
 大事をなそうとして 力を与えて欲しいと神に求めたのに
 慎み深く従順であるようにと 弱さを授かった
 より偉大なことができるように 健康を求めたのに
 より良きことができるようにと 病弱を与えられた
 幸せになろうとして 富を求めたのに 賢明であるようにと 貧困を授かった
 世の人々の賞賛を得ようとして 権力を求めたのに
 神の前にひざまずくようにと 弱さを授かった
 人生を享受しようと あらゆるものを求めたのに
 あらゆることを喜べるようにと 生命を授かった
 求めたものは一つとして与えられなかったが 願いはすべて聞き届けられた
 神の意にそわぬ者であるにもかかわらず
 心の中の言い表せない祈りはすべてかなえられた
 私はあらゆる人の中で もっとも豊かに祝福されたのだ
 この詩を作った人は、イエスが共におられるということに気付いた時、自分の人生をこのように振り返ることが出来たのではないか、そんな風に思う。病気を癒して欲しいと願い求めたけれども、イエスに距離を置かれ、病気を癒してもらえなかった群衆と同じ人がいる。しかし群衆もこの人も、イエス・キリストに見捨てられたのではない。そうではなくて、神は、変わることなき愛の御手の中に、この群衆も、この詩の作者も置かれている。そしてこの詩は、神の愛の御手の中にある自分を発見した人の心が歌われているのではないか。私たちもまた、このように神の恵みを数え上げる者として招かれているのある。

2015年11月22日(第4主日礼拝)
『イエスさまのみこころはどこに』
マルコによる福音書3章1~6節


 安息日、それは目を上に、神を見上げほめたたえる最良の日。しかし人々の目はそこにいるひとりの片手のなえた人に向けられている。この日イエスがこの人を癒すかどうか、それを見ようと興味本位の視線である。さらに悪意に満ちた視線がイエスに向けられた。彼らにはもはやこの気の毒な人に対する同情もあわれみの心もない。まして真剣に礼拝をささげようとする心はみられない。ただイエスをおとしめることしか考えていない。
 律法には、生命に危険のある場合には治療し、そうでないときには治療も休む、と定められていた。律法を逆手にとって、これを絶対化すること、まして律法が人を陥れる手段として用いられることは決して許されない。
 悪意を持つ彼らは、この聖なる安息日に、もしイエスがこの人を癒すとすれば、明らかに安息日規定に違反しているとして訴えようと狙っていた。 イエスは人々のそのような思いを見抜いておられ、この手のなえた人に「立って真ん中に出なさい」と言われ、人々の目の前で癒された。
 イエスは、律法の中で最も重要なものは何かと問われて、「『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』これが最も重要な第一の掟である。第二も、これと同じように重要である。『隣人を自分のように愛しなさい。』」(マタイ22:37~39)と答えられた。第一に神を愛すること、第二に隣人を愛すること。この二つに基づいて律法を受け取り、これを守るのだというのが、イエスの律法である。この二つの教えを全うするために、さまざまな律法は機能するのだ。
 イエスはここで、神も隣り人も愛さず、それでいて、自分たちは安息日には何もしないのだから律法を守っている、自分たちは義しいと言い張る、その信仰のあり方を憤り、批判する。
 イエスは問いかける。「安息日にしてよいのは、善を行うことなのか、それとも悪を行うことなのか。いのちを救うことなのか、それとも殺すことなのか」。これは、誰でもすぐに答えることが出来る、実に単純な問いである。しかし、このイエスの問いに対して、人々は「黙って」いた。
 救うのか殺すのか、とまで言われるイエスのことばは何か大げさな響きを感じないではいられない。ただ片手一本のことではないだろうか。生命とは関係のないことではないだろうか。しかし、片手が利かない人を愛なしであしらうことは、イエスの前では殺人と同じなのだ。人々が全く思いもしなかった「絶対的な基準」をイエスは突きつけられたのだ。人々にとって絶対的な基準は、律法をいかに正しく守るか、律法に従って生きるかだった。しかしイエスの絶対的な基準は「愛」である。
 律法はひとを生かすものであって、人を殺すものではない。律法の本質は一言で言うと「愛」。イエスに言わせれば、救わないこと、それは殺すことになる。病んでいる片手を無視すること、それはその人の全存在を殺すことになると。
 イエスは、神を愛するということ、隣り人を愛するということはどういうことなのか、身をもって示してくださった。それが十字架。十字架の前で私たちは選択を迫られる。イエスは、「わたしに従え」と私たちを招かれる。この招きに応えないのなら、私たちはこの時の人々と同じように、黙るしかない。黙るというあり方で、イエスの招きを拒否するしかないのだ。私たちはこう言おう。「不十分な者です。不徹底な者です。でも、どうか神を愛し、隣り人を愛する者にしてください。」と。そしてそう答える時、私たちは一歩、昨日までの自分から、神に向かって、隣り人に向かって、踏み出していくことができるのだ。

2015年11月15日(第3主日礼拝)

『 人の子は安息日にも主です 』

マルコによる福音書2章23~28節

 安息日律法は十戒の第4番目の規定で、ユダヤ教徒にとっては、文字通り命がけで守らなければならない戒めであった。イエスの時代、この戒めはさらに細かく規定され、人々を縛るものとなっていた。
 安息日律法はたしかに厳格に守られなければならないものであった。これは創世記2章3節にあるように、神がこの日を聖別したもうたことに対する、私たち人間の喜ばしい応答である。そして、この応答として、安息日が守られるところでは、社会のすみずみにまで安息が及び、人間の解放が確保される。人間の営み、これはまた最初の人間の罪の堕落による転落によってもたらされたものにほかならないのだが、7日目7日目に遮断され、転落は7日目ごとにくい止められる。もし、安息日の規定が守られなくなれば、人間はブレ-キの効かなくなった車のように、稼ぎに稼いで破滅に至るであろう。社会では、貧しい人々が休みなしにこきつかわれることになるだろう。所詮罪の咲かせた仇花にすぎぬ文明は、世界と人間とを破局へと突き落とすことになるだろう。それを阻止している神のあわれみが、私たちに安息を厳しく命じているのである。しかし、神のあわれみは、利益追求や物質文明の進歩に向けては「止まれ」と命じるが、飢えた人に、飢えたままとどまれとは決して命じない。
 こともあろうに、イエスの弟子たちは空腹に襲われ、道ばたの穂を摘み取って食べていた。それを見たパリサイ人たちはイエスに抗議した。
 ひもじい人が穂を摘んで食べることを律法は許していた。律法は貧しい人、飢えた人には実に深い思いやりを示している。畑の主人は飢えた隣人のためには麦の穂をわざわざ提供しなければならなかった。申命記23章25節の規定には、安息日には「してはならないこと」は語られていない。ただ、パリサイ人が曲げて拡張解釈したのだ。すなわち、穂を摘んで食べることを許した神のあわれみそのものが、労働からの解放を安息日に与えるのだから、安息日に飢えたものを飢えたままでおらせることこそ禁じられなければならなかったのである。律法は本来、貧しい人、弱い人に対しての、配慮に満ちたものなのであった。
 パリサイ人たちは我慢ができなかった。彼らは安息日のもともとの意味を考えようとはせずに、ただそれを形式的に守ることだけにうき身をやつしていたのだ。
 イエスはダビデの行為を引用し、三つのことを語られた。①ダビデの子であるわたし、救い主であるわたしが、ダビデがしたようにしているのだ。何か問題があるのか。ダビデが問題なかったように、わたしも問題ない。いや、わたしはそれ以前に問題ないのだ。なぜなら、安息日を定めたのはわたしの父であり、わたしは父と一つなのだから。そうイエスさまはここで告げられた。
 ②安息日に限らず、律法というものは、神が神の民との間の愛の交わりという、ご自分との関係を保持するために与えられたものであるという、律法の根本的理解を示された。
 ③「人の子は安息日にも主です」。「人の子」というのはイエスがご自分のことを言われる時に用いる言い方。イエスはご自分が安息日の主だと言われたのである。安息日というのは、神が天地を造られたこと、そして今もすべてを支配し、私たちを守り、支えてくださっていることを覚えると共に、出エジプトの出来事によって神の民を救われたことを覚えるために定められたものである。この安息日の意味が根本的に新しくされ、より徹底された。それが主イエス・キリストの到来であり、十字架と復活の出来事であった。神と私たちとの間に永遠の平和、まことの安息を与えてくださった。このイエスが与えてくださった罪の赦し、神との平安の中に生きること、それが私たちに与えられたまことの安息である。
 イエスの主権のもとに真の安息が確立した。イエスが主であるかぎり、いつどこにおいても、私たちは安息のうちに、喜び、感謝しつつ生きるのである。

2015年11月8日(第2主日礼拝)

『新しいぶどう酒は新しい皮袋に』

マルコによる福音書2章18~22節


 新しいぶどう酒は発酵が続いているのでガスが発生して、弾力を失った古い革袋に入れると袋が破裂してしまう、だから弾力のある新しい革袋に入れるべきだ、という意味。そのことわざをイエスは用いて、信仰の有り様、神との関わり方を示された。ここでの古いぶどう酒とは、パリサイ人たちが考えていた、厳格に律法を守って救われようとする信仰であり、古い革袋とは、その考えに基づいて律法をとにかく細かく規定して、それを何一つ犯さないように生活するという生活であろう。
 ことのはじめは「断食」についてである。そもそもユダヤ人の「断食」には古い宗教的伝統の重みがこめられていた。古くは年に一度と規定されていた(レビ16:29)。それがいつしか時代を経るにつれて、年4回となり、さらに頻度を増して、イエスの時代には週2回が正規のものとされていた。パリサイ人はこれを厳守し、そのことを誇りにしていた。
 ヨハネの弟子たちも断食をしていた。これはパリサイ人とは全く別な立場に立っていた。パリサイ人のように、この苦行を人間の功績に数えるという考えはヨハネにはない。彼にとって唯一の関心の的は、さし迫った審判であり、したがって、なすべき唯一のことは悔い改めであった。彼と彼の弟子たちの守った断食は、彼らの生活が悔い改めにほかならないことを、具体的に示したのである。断食ひとつを取り上げてみても、イスラエルの歴史を通じて発展してきた宗教的伝統がうかがえる。そしてイエスの活動がはじまったとき、人々はこれまでの断食の伝統に、もう一歩進んだものが加えられるのを期待した。しかし人々の目に映るイエスの姿は人々と共に飲み食いをし、およそ禁欲的なお姿ではなかった。もちろんイエスは享楽的な生き方を説いておられたのではない。イエスご自身は食することも忘れて福音を宣べ伝え、断食して祈り、また、祈りと断食とによらなければ解決しない問題が世にあることを教えておられる。それでも、断食を弟子たちに強要なさらなっか。
 イエスは婚礼のたとえを引かれた。このたとえを引くことによって、イエスはしばしば天国を語りたもうた。婚礼はイエスのたとえの中では常に終末的な救いの喜びを象徴し、そこに登場する花婿は終末的な主権者メシヤをさしている。
 花婿が一緒にいる、これが決定的なことである、とイエスは言われる。婚礼は始まったのだ。イエスと共にある人たちは婚礼に招かれた客なのだ。キリストと共に食することがすなわち救いなのであり、キリストと共に飢え、苦しむことよりも、共に食することがよりよく救いのしるしであることを、教会は使徒時代以来わきまえてきた。
 断食という、古い戒律主義宗教の型を、ただ破りさえすればよいのではない。型を破ることが大事なのではなく、キリストと共に生きること、したがって、自由であることが大事なのである。古い形式にしばられるまいとすることで、かえって身構えが堅苦しくなり、自由を失う場合も少なくない。しかし、花婿が取り去られる時が来る、とイエスは言われた。
 「取り去られる」ということばは、イザヤ53章8節に「しいたげと、さばきによって、彼は取り去られた」とあるのと無関係ではないだろう。キリストの十字架の苦難と死。それは古き革袋の崩壊であった。
 断食よりももっと大切なこと。イエスが私たちと共におられる限り、イエスと共に食し、喜びをもって歩むことを、私たちは重んじよう。それこそが私たちの真に生きる道、新しい革袋としての道なのである。

2015年11月1日(第1主日礼拝)

『 罪人を招かれるイエスさま 』

マルコによる福音書2章15~17節
              
 イエスがレビ(マタイ)の家で食卓に着いておられる。聖書の中に、イエスがみことばを語られる場面と並んで、食事の席に着いておられるところを描く記事の多いことに気づかされる。「見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく、だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところにはいって、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする」と黙示録3章20節で言われたイエスは、私たちと食卓を共にすることを望まれるのである。それは、私たちにとって、今日行われている聖餐式に通じている。イエスは私たちとご自身の食卓、すなわち聖餐式に私たちを招いておられる。
 イエスは、罪人の中から弟子をお選びになられただけでなく、積極的に彼らと交わりを持たれた。食卓を共にするという行為は、彼らと積極的に交わり、共に生きることを表わす行為である。盛大な宴会がはじまった。
 今朝私たちが見るレビ、それはまた私たちひとりひとりでもある。レビはイエスと共に食卓に連なり、その恵みにあずかることができた。レビにとってはこの食卓は古き生活との訣別の表明でもあった。
 さて、問題はここからはじまった。当時のユダヤ人は、取税人と一緒に食事をするということはなかった。当時の食事というのは私たちが考えている以上に宗教的意味を持っていた。一緒に食事をするということは、自分たちは同じ仲間であるということを意味していたのである。ユダヤにおいて白い目で見られていた人たちは忌み嫌われ、さげすまれていた。しかしイエスは、彼らと食事をすることに何の抵抗もなかった。それどころかご自分の仲間として受け入れられたのである。
 これを見ていたパリサイ派の律法学者たちは、なんということをするのか、とんでもないと思った。彼らにしてみれば、救われようのない汚れた取税人や罪人なんかとどうして一緒に食事するのか、そう思ったのだろう。「神の国は近づいた。」と宣べ伝えていたイエスが取税人や罪人との食事を見て、彼らはどこに神の国があるのか、そう思ったのである。しかしイエスは、ここにすでに神の国が来ているではないか、よく見よ。そう示されたのである。
 イエスは言われた。「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。」
 イエスはここで、取税人や罪人に対して、罪が無いと言っているのではない。全くの罪人と言っているのだ。しかし、その罪人を救うためにわたしは来たのだ、神はその罪人を救うためにわたしを遣わされたのだと言われたのである。神の国の門は、正しい人だけのために開かれるのではなくて、罪人を赦し、罪人を招く神の愛、神のあわれみによって開かれるのだと告げられた。
 「教会に、私のような者が行っても良いのでしょうか。」という声を聴く。教会には品行方正で、優しくて、愛に満ちた人が来るものだと思っているのかもしれない。私たちはどこまでも、ただイエスに招いていただいた罪人に過ぎない。そのことを知るがゆえに、「キリストの教会にふさわしくない人など一人もいない」。社会的な立場や、今までどのように生きてきたか、そのようなことは一切問わないし、問われないのである。それがキリストの教会である。
 「私のような者が良いのでしょうか。」と問われたら、私たちはいつでも誰に対してもはっきりと「良いのです。」と答えよう。私たちは、このイエスの愛とあわれみと恵みを受けた証人として立たされているのだ。