2015年3月分(五篇)

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2015年3月29日(第5主日礼拝)

ゼカリヤ書(7)6章1~15節

『祭司であり王であるメシヤの勝利』


 捕囚から帰還したイスラエルの民の神殿再建工事を遅らせている原因となった政治的な問題、経済的な困窮、また指導者たちの腐敗と堕落に対する民の不信、さまざまな異邦人、近隣民族の嘲笑と執拗な妨害工作の中にあって意気消沈しているイスラエルの民を励ますために、若き預言者ゼカリヤに対して幻をもって語られた。それは人々の不安に対する神の答えであった。
 第8番目の、そして最後の幻はいろいろな色の馬が引く4台の戦車が2つの青銅の山の間から出てくる。先に1章において、神は視察の使者を全地に遣わされたことを見た。今や世の悪は熟しきって、審きの使者が遣わされるべき時がきたのである。4台の戦車は全地に出ていって審きを行うように神によって命じられている。
 4台の戦車が出てくる2つの青銅の山は、もともと不動のものという意味をもち、神のご臨在を表わしており、審きも救いも神から出てくることを表わしているのである。私たちが特に注目すべきは、7節にある「強い馬」である。特別の使命を与えられ、全地を行き来し、駆け巡るのである。それは審きのためばかりではない。サタンは全地を行き来し、駆け巡り、キリスト者を損おうとするが、神の戦車もまた駆け巡って聖徒たちを守り、助け、救うのである。神の民を圧迫するすべての力に対して、神は報復し、民を助け、救い、守られる。これは神の霊がなされる働きである。
 最後の幻が語られた後に、ゼカリヤにとって後々までも忘れることができない、そしてイスラエルにとっても記念すべきひとつの象徴的なメッセ-ジが8節以降に語られた。金銀をもって「冠」を作り、大祭司ヨシュアにかぶらせよ、という。先に3章においてもヨシュアは幻の中で、一度は失っていた大祭司の冠をかぶらされているが、ここでは「王」としての冠をかぶらされていることに驚かされるのである。
 これはイスラエルにおいては実に驚くべきことであった。なぜならこの国では昔から、宗教的最高指導者としての大祭司と政治的最高指導者としての王とは、神経質なほど厳しく職務が分離されていて、決して同一人物が兼任することなど許されていなかったからである。預言者として祭司として偉大なサムエルは、政治的指導力も十分あったにもかかわらず、決して自ら王になろうとしなかった。かの名君の誉れも高かったサウロ王もウジヤ王も、大祭司の職権を奪い取ろうとしたために、神の怒りをかった。
 この2つの聖なる職務(いずれも任職の際には聖なる油を注がれた)は、時代を経てあるひとりの人物を通して初めて成就されるのである。そのお方とはまさしく主イエス・キリストにほかならない。イエス以外の何びとも、兼ね備えることはできない職務である。大祭司ヨシュアはひとつの象徴であった。真の大祭司にして王であられるのはイエスおひとりである。
 祭司と王の2職を完全に1人格の中に持つことのできるお方は「若枝」と呼ばれている。やがてガリラヤのナザレに、人目にたたずに育ち、ついには世界にその恵みの葉を茂らせ、その実をもって全人類の飢えをいやす尊い枝となられたのである(イザヤ11:1)。
 イエスこそは真の大祭司としてご自身の血により、私たちの罪の贖いをなしとげてくださり、真の王として、私たちのうちに主権を執行し、私たちの人生に王として君臨してくださる。また、イエスは大祭司として、私たちを父なる神のもとに近づけ、王として私たちの敵をその足の下に踏み砕かれるのである。この2重の面で、私たちの救い主イエスについて考えることが、私たちすべてにとってとても大きな勇気と力を与えられる秘訣である。

2015年3月22日(第4主日礼拝)

ゼカリヤ書(6)5章1~11節

 『その翼は風をはらんでいた』

 5章には2つの幻が記録されている。ひとつは「空飛ぶ巻き物」で、もうひとつは「エパ枡とその中に座るひとりの女」。そしてそれぞれに解説が加えられている。「これは、全地の面に出て行くのろいだ」(3)、「これは、出て行くエパ枡だ。~これは全地にある彼らの罪だ」(6)
 ゼカリヤが見た第1の幻は、空を飛ぶ巨大な広げられた巻き物である。まるで獲物をねらって空に舞う鷲のように、この巻き物に記された呪いのことば、地上にひそむどんな小さな獲物、罪人を発見するやいなや、飛び降りてその家に審きを執行するのである。空にパトロールする巻き物は、いつでも降下できるように備えつつ、悔い改めない罪人の上を飛び回っているのだ。
 ゼカリヤの見た巻き物には「律法ののろい」が書き込まれていた。モ-セの十戒の第3と第8に関する違反行為に対する審きのことばである。隣人の物を盗み、偽り誓って神を侮辱する者たちに対する神の正しい怒りの宣言で覆われていたのである。この二つの罪は、おそらく当時のユダヤの人々の間に根強く残り、また目立っていたものといえよう。人々の間に忍び込んできたもの、それは神の聖なるみ名をみだりに口にし、偽り誓う罪であった。それとともに盗みの罪も彼らの間にはびこりはじめた。強盗窃盗のたぐいではないん。不正な商業取り引きである。祖国を失ったユダヤ人は政府や軍隊の保護に頼ることができなくなったために、富の保護に頼るようになっていった。この民族の特別な才能は、この頃から商業の分野で力を発揮していったのである。
 彼らはバアルの神々を拝まなくなった代わりに、マモン、つまりお金の神々の前にひざまづくようになっていったのである。取り引きのズルさ、枡目のゴマカシはしだいに人々の良心をマヒさせていった。勘定高くなった彼らは、人を欺くのみならず、神との取り引きにもかけ引き行ない、神のものさえも盗むようになってしまったのである。(マラキ3:8~9)。神殿再建計画を遅らせていた真の原因はここにあった。
 いまや世界のどこに行っても、盗みと欺きがない所はない。人は不正と欺瞞に満たされ、折あれば自分が人よりも優位に立とうとして平気で人をけ落とすことがあたりまえになってしまったように、今の時代は精神的・道徳的に荒廃したものとなってしまった。いじめや暴力、非行が子どもたちを支配しているのを見るときに、世界中どこに行っても、この神の飛び回る巻き物の呪いことばが、私たちの目の前に重く垂れ下がっているのではないか。そして何と多くの人々が、神の律法の書、聖霊からとどろく雷鳴と嵐の音、ひらめく稲妻に気付かないことだろうか(ヘブル12:18~21)。
 「エパ枡の中にひとりの女がすわっていた」とは、み使いが言うとおり、ユダヤ人の中にある罪と悪を指し示している。そして「その女をエパ枡の中に閉じ込め、その口に鉛の重しをかぶせた」のである(8)。この重い鉛のふたは、いったい何を意味するのであろう。驚くべきはみ使いがその翼をもってエパ枡を取り除いて、永遠に閉じ込めてしまわれるのである。
 私たちは自らの手では、内側に住み着く罪を完全に処置することができない。しかし、神はほむべきかな! 神が私たちのこのような罪と汚れを、イエスの十字架の贖いによって完全に始末してくださるということは何という大きな恵みであろうか。今日も、みことばの巻き物は、私たちひとりひとりの上を飛び舞っていることを覚えて、ただ逃げ回ったり、自らの内側に篭ってしまうことばかりを考えずに、イエスの御手で重いふたをしていただき、完全に処理していただこうではないか。

2015年3月15日(第3主日礼拝)

ゼカリヤ書(5)4章1~14節

 『権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって』


 ゼカリヤが見た5番目の幻、それは金の燭台であった。それは時の指導者大祭司ヨシュアであり、王ゼルバベルであり、イスラエルの民の姿であった。燭台、それはイスラエルの果たすべき使命でもあった。神殿再建は主が彼らの間に住み、彼らを通して主の栄光を諸国民に示し、真の神を知る知識の光を全世界に向かって放ち、異邦諸国に対する「灯台」となるためであったはずである。しかるに現実はどうか?
 燭台は「灯芯」によってその働きをする。「灯芯」はそれ自身ではどう頑張ってみても輝く力はない。焦げていぶって煙るだけであある。しかし、たっぷりと油に浸って点火されさえすれば、輝くなと言われても輝かずにはいられないのだ。
 イスラエルは灯芯であった。私たちも「灯芯」である。つまらない「繊維」の一片にすぎない。しかし油を吸い込めば何時間でも燃え続けることができるのである。ときどき焦げた端を刈り込めば明るく輝き続けることができる。必要なのは油と灯芯の刈り込みである。
 私たちが燃え続けるために必要なものは、「芯切りハサミ」と「油の供給」の2つである。ゼカリヤはこの幻の意味を3度尋ねている。第1は燭台、第2にオリ-ブの木、第3はその枝と管、というように注意の向け所が違っていることに気づかされる。
 この燭台のもっとも大きな特徴は、油の無限な供給者が後に控えている点である。単なる油のタンクではない。自ら絶えず油を生産するオリ-ブの木がこの燭台のバックになっているのである。このオリーブの木こそが、
「二人の油注がれた者」、王と大祭司であった。彼らは神の民イスラエルに祝福の油を供給するオリ-ブの木であった。
 しかし、真のオリ-ブの木は彼らではなかった。彼らはむしろ「しるし」として描かれているのである。すなわち、真の油注がれた者、メシヤであるお方、王であり大祭司であるイエスこそ、教会に限りなく豊かに聖霊を注ぎ、私たちを絶えず輝く存在たらしめてくださる生きた源泉なのである。
 私たちを絶えず恵みの中に生かし、輝かせ、御霊による奉仕を可能ならしめてくださる源泉はイエスである。私たちは取るに足りない灯芯である。私たちの器はたしかに小さなものである。しかし何も心配はいらない。一つのともしび皿は7本の金の管によって燭台の頂にある油の器につながり、その器はさらにまた金の管によってオリ-ブの木につながっているのである。7本の管、なんという完全な連結であろうか。この金の管が間違いなくイエスと私たちとをつないでいるならば、もはや何も憂えることも、恐れることもないのである。ではこの管とは何だろうか。
 それはたしかに「信仰」と答える以外にはない。信仰-これこそ黄金のパイプである。無限の埋蔵量を誇る油田地帯から砂漠を越えて延々と続く輸送管は、近代文明の動脈とも言えるでしょう。しかし、それに勝る動脈は信仰というパイプなのである。信仰がなくては神に喜ばれることができない。信仰をもって願い求める者だけが神から恵みを受け取ることができるのである。
 信仰だけは18金ではだめだ。少しの疑念も疑いも混じえない純金の信仰こそ、滞ることのない恵みの通路であることを銘記しようではないか。

2015年3月8日(第2主日礼拝)

ゼカリヤ書(4)3章1~10節

『これは、火から取り出した燃えさしではないか』


ゼカリヤが見た幻、それは大祭司ヨシュアが汚れた衣を着て立っており、サタンにこれを告訴されている光景であった。これはヨシュア個人としてよりも、むしろエルサレム全体の、特に祭司階級の姿、現状であった。
 バビロン捕囚から帰還したイスラエルの民4万数千人の内、428名の祭司たちがいた。彼らはただひとすじに神に仕えたいと清い熱心をもって帰ってきたはずであった。しかるにさまざまな妨害により、再建工事は中断、10年,15年とたつにつれて、彼らを取り巻く環境も生活も変わっていった。極度の貧しさのゆえに心も貧しくなっていったのである。これでは神の民の生命線が断たれることになる。「貧すれば貪する」、祭司たちは自分の召命に対する誇りを失い、責任の自覚が薄れて神への奉仕は彼らのみずぼらしい服装よりもさらにお粗末なものとなったのである。
 サタンから告訴されているのは祭司だけではなかった。それは神の民そのものへの告発であった。サタンは大手を振って歩き回り、主の聖名は汚されていたのだ。それゆえ神殿再建に何の意義があろうか。祈りの石垣が崩れはてているならば、都の復興は無駄骨折り損にすぎない。
 だが、主が預言者にこの光景を見せたのは、彼を失望させるためではなかった。サタンの告発誹謗がどんなに痛烈、深刻なものであったか、しかし被告席に座るものたちを弁護するお方がおられる。
 主キリストの私たちに対する弁護の要点は①主の選び。主はエルサレムの堕落も汚れた衣をも、すべてご存じの上で選ばれたのだ。サタンが何を告げ口したところで、今更主はエルサレムをお捨てにはならない。私たちの最悪の姿をご存じである主は、私たちに愛想をつかすことはないのである。②神の恵みあふれるのみわざは、今更取消せないほどに進行している。『これは、火から取り出した燃えさし』なのである。主はこの民をバビロンの火から取り出してくださった。だのにもう一度炉の中に投げ込み、突き戻すようなことはなさるだろうか。カルバリの犠牲を払って滅びの火の中から救い出したものをサタンが告訴したくらいで、むざむざと突き放すだろうか。私たちはすでに『火から取り出した燃えさし』なのである。
③私たちの弱さに対する主の同情ある理解。天にいます真の大祭司、私たちの助け主は、自らには罪も汚れも弱みもなかったにもかかわらず、私たちの弱さを十分に理解し同情できるお方なのであある。主は「燃えさし」決して清く美しいものではなく、触ればもろく、炎に近寄れば再び身を焦がす性質を強く持っていることを知りつくしておられるので、私たちを弁護してくださるのである。私たちは弁護してくださるお方、主イエス・キリストにすべてをゆだねて、私たち自身は弁解しないで、ありのままの姿で、イエスさま恵みのみ座の前に立とうではないか。
 汚れた衣を脱がされ、大祭司の礼服を着せられ、きよいタ-バンをかむらされたヨシュアは、その聖職をもう一度回復された。あの放蕩息子に父がなそうとしたように。主を否んだペテロが回復されたように。失格者はただ恩寵によって元の地位を与えられるのだ。「若枝」と呼ばれ「石」と呼ばれるお方の上に、神は自ら「赦し」の文字を刻まれる。十字架の上で打たれ、踏みつけられ、傷つけられ、砕かれて、全地の罪を「1日のうちに取り除」かれたイエスそのお方なのである。
 真の大祭司、私たちの主イエス・キリストは、今も変ることなく、つねに清き手を上げて私たちのために執り成していてくださる。それゆえに私たちの将来に希望を持つことができるのである。

2015年3月1日(第1主日礼拝)

あかし 『私の献身への道』 (4)

 家を飛び出して神学校に入学した私は日々聖書を学ぶことの感動と喜びがあった。勘当されたという悲壮感などは全く入り込む余地がないほど、毎日が刺激的で楽しいものだった。神学校は全寮制で二人一部屋の共同生活であったが、最上級生の先輩と毎日神学書を原書で読むという貴重な経験もさせていただいた。当時の神学校と言えば社会経験も豊かな人材が多く、私のような高校から直接進学したのはわずかであった。また家から勘当同然で進んだものも多かった。神学校というと何か修道院のように思われるかも知れないが、東京の郊外、自然にも恵まれた広いグラウンドもあり春にはヒバリが巣を作るので、皆で踏み壊さないように大切に保護したものだった。しかし生活は決して豊かでない学生も多かったように思う。着るものも質素で、今ではもう見かけることもないもんぺ姿の女性もおられた。私も高校時代の学ランでしばらくは通した。そんな私を思ってか、学長先生がご自分の洋服をお下がりであったが下さった。身体の大きな宣教師の下さる洋服は、私にはブカブカで、袖も裾も長すぎてちょっと陳腐な姿を当時の写真に見るのも懐かしい思い出である。お金は無かったが、それ以外のすべてはすでに備えられていたのだった。
 入学してすぐに新たな問題に直面した。学費は当時としては信じられないほどの安さで、これは米国の教会や信徒の方々の多額な献金のお陰であった。寮費や食費などの生活費の確保については入学早々アルバイトをしなければならなかった。幸い先輩の紹介で立川にあるキリスト教書店を紹介していただき、そこで放課後に働かせていただいた。責任者のハワイからの二世の宣教師が特別に私の窮状を知って快く受け入れてくれたばかりか、毎日働くことを許してくれ、給与も分不相応なほど支給してくれた。4年間続けて働かせていただいたことは、不自由なく神学校生活するに大きな支えとなった。また休日には調布にあった米軍基地の中でアルバイトもさせていただいた。思えば贅沢な生活はできなかったが、専門書を破格の値段で手に入れることもでき、毎月5千円ほどの貯金もできた。もっともこれは当時婚約していた家内と結婚資金のためであったが、神学生というよりは貧学生という方がふさわしかっただろう。高校時代に見初め求婚したのがちょうど二十歳の成人式だった。学びも生活も苦しみはあったが、週一度のデート、といっても家内の家に厚かましく上がり込んで夕食をごちそうしていただくのだが、家内の家族もそんな私を寛大の心で受け入れて下さった。それゆえ4年間の神学校生活で、生涯の伴侶となる女性と神学書、そして伝道者となるにあたって多くの訓練と学びという大切な財産を手に入れることができた。また当時は70年代安保闘争の嵐が吹き荒れた時代、神学校も大きく揺さぶられた。学生も多くは学舎を離れた。卒業時には入学時の2割だけが残された。けれどもそこで4年間共に過ごした学友たちは、その後の伝道者としての人生において、良き戦友となり、何人かの友はすでに凱旋したが、今も同労者として場所こそ違うが、生かされていることは何と幸いなことだろうと思う。
 このわずか4年間の学びが、42年にもわたって伝道者として生きていく大きな力となり、支えとなったことは言うまでもないが、私の人生は間違いなく神さまの大きなあわれみと導きの御手、ご計画の中にすべてが組み込まれていたのだと思わずにはいられない。