2014年12月分(四篇)

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2014年12月28日(越年感謝礼拝)

『今よりとこしえまで主を待て』

詩 篇 131篇 1~3節、創世記 7章1~17節

 2014年を閉じるにあたって、詩篇131篇、創世記7章16節のみことばを想う。使徒パウロが「わたしの恵みはあなたに十分である」というイエスさまのみ声を聞いたように(Ⅱコリント12:9)、私たちも一年を振り返って、あれが足りなかった、これが足りなかったと愚痴を言うのではなく、神に心からの感謝をまずささげたい。
 2節では、「乳離れした子」のようだと言っているところに大きな意味を見い出す。すなわち「乳離れした子」とは、優しい愛の養いとはぐくみを経験してきた者という意味で、十分な取り扱いを受けた子という意味である。詩人はここで自分の過去を振り返り、そこに神の大いなるはぐくみの御手の働きのあったことを見い出したのである。
 過ぎし一年を振り返って、「あの事件は忘れることはできない。なぜなら、そこで神の御手に触れることができた。またそこで神の養いを受けた。あの時に与えられたのはまさしく天のマナだったのだ。あの行き詰りの中にあって、神は紅海の奇跡と同じように私の前に道を開いてくださったのだ」。そういう信仰の一里塚、二里塚とも言えるような具体的な経験を思い起こそうではないか。
 詩人がここで自分の過去を振り返り、そこに神の大いなるはぐくみの御手の働きのあったことを見い出した体験から、「主を待て」と勧める。
 将来どのような困難があるかもわからない。どんな苦しみが襲ってくるかもわからない。けれどもあの乳離れしたみどりごのように、神に深い信頼を置いて、平安のうちに新しい年に向って望みを抱いていきたい。
 創世記7章16節、8章1節「主は、彼のうしろの戸を閉じられた」「神は、ノアと、箱舟の中に彼といっしょにいたすべての獣や、すべての家畜とを心に留めておられた」
 ノアは神さまの命じるままに、実に巨大な箱舟を造った。これは趣味や片手間でできる仕事ではない。全身全霊を打込んでこれにあたったのだ。しかし、その最終的な完成は「主は、彼のうしろの戸を閉じられ」ることによってなされた。戸を閉じるのはノアでない。もちろん私たちでもない。すべての栄光を受けられるのは神である。主なる神がこう言われるのである。「これでよい」と。
 もし主がノアのためにうしろの戸を閉じたまわなかったなら、おそらく長い箱舟の単調な生活に、あるいはわずらわしさに、窮屈に耐えかねて、外に出て、せっかくの救いの恵みから転落したかもしれない。閉じ込められていたからこそ、彼は一年もの長い間、箱舟にとどまることができ、神の祝福と約束を受けることができたのである。カルヴァンは「この一句はむなしくつけ加えられたものではなく、軽々しく通り過ぎるべきではない」と言う。まさにこの閉じ込めは神の好意であり、神の愛である。
 弱い私たちのために、執拗な誘惑に耐えられない、力なき私たちのために、信仰の高嶺に立つために、主はうしろの戸を閉じたもうのである。
 大きな試練の中にあっても神は「目を留めておられた」。「彼といっしょにいたすべてのもの」を目を留めて、祝福されるのだ。私たちの2014年という箱舟の生活は、神によって「目を留めて」いただいた一年であった。なんとすばらしいことだろう。心から感謝をもってこの年を閉じよう。

2014年12月21日(クリスマス礼拝)

『ヌンク・ディミッティス…シメオンの讃歌』


ルカによる福音書 2章22~35節

 「ヌンク・ディミッティス」、その意味は29節の「主よ。今こそ我を安らかに去らせたもう」である。
 ここに登場するシメオンという人物が、ほとんど今や死ぬばかりに疲れ果てたひとりの老人であるかのような想像してはならない。讃歌の第一行で聞こえてくるのは、さしずめ、死へのあこがれなどというものではなく、日毎のわざが成し遂げられたことに対する感謝なのである。一日の働きを終えて、主人のもとに報告を済ませ、それから夕べの安らかさの中を退出し、平安がその魂に広がっていく充実感に満たされたひとりの老人の姿である。聖書のもっている豊かさというものを思う時、ここに人生に飽きたりてしまった人の姿でもなく、絶望と悔恨を抱いて暗い死の夜の中へ入っていく人の姿でもない。そうではなく、人生に満ち足らせられた人、彼に約束したお方が、たしかにその約束を守りぬいたことへの感謝にあふれた人の姿でがある。シメオンが救い主イエスにお会いすることによって、「安らかに去る」ことのできる人生、悔いなき喜びの人生に変えられたということである。人は、人生を安らかに去るために、さまざまなことがらを根拠とする。「神の救いを見た」(30)と言って世を去ることのできる人の深い平安は、他の何ものによっても得られないものだと思わされる。
 シメオンは①主から与えられた使命を生き抜いた人である。彼に与えられた使命は、「キリスト(救い主)」に会うこと(26)。暗く、混乱したエルサレムで、彼は、救い主出現を見張る見張り役の役を与えられ、主にお会いすべき者としての一生を送ったのである。私たちすべてにも、イエスにお会いすべき者として、この世にあって、自分の人生を一貫させる使命が与えられている。このような生き方の特長は、老年になるほど際立っていくのである。②柔らかな、柔軟な心からの者である。彼の抱き上げた救い主は、世の常識と異なる貧しい救い主であった。イエスは「貧しき憂い、生くる悩み」(讃美歌121)をそのご生涯の初めから、「つぶさになめられた」。シメオンはこの世の常識にとらわれることなく、このような様で現われた神の救いを受け止めるみずみずしい感受性を失っていなかった。固定観念にとらわれて、神を信ずることのできなくなった現代人の硬直した心と対象的なものではないだろうか。
 シメオンは幼子イエスについての預言する。「この子は、イスラエルの多くの人が倒れ、また立ち上がるために、定められ、また、反対を受けるしるしとして定められています」(34節)。イエスというお方への態度ひとつで、人は立ちもすれば倒れもする。イエスの前で、私たちは立つか倒れるかの自分の永遠の運命を賭けて決断をしなければならないのである。「それは、多くの人の心の思いが現われるためです」。私たちはイエスのみ前で傍観者であり続けることはできない。
 私たちはもう一度、この夕暮の光景を思い起こそう。威厳に満ちた主人が手を上げ、忠実なしもべは腰をかがめて-ヌンク・ディミッティス-今こそ、あなたはこのしもべを安らかに去らせてくださる。神は私たちに対してもまた、同じように手を上げる。私たちもまた、今こそあなたは、あなたのしもべ、あなたのはしためを安らかに去らせてくださる、と答えることができるだろうか。そのような信仰と望みをもって、救い主イエスのお誕生を心から感謝する日としよう。

2014年12月14日(待降節第3主日礼拝)

『ベネディクトゥス・ザカリヤの讃歌』


ルカによる福音書 1章67~79節

 「ザカリヤの讃歌」は、バプテスマのヨハネ誕生に際しての父ザカリヤの歌である。ザカリヤは、救い主は敵の手から私たちを救い出してくださお方だ、と歌う。「救いとは何か」、節を追って行くに従って、その思想はやがて深められていくのを見る。
 ザカリヤの歌う救いの目的は、神への礼拝であり、神への奉仕(75節)。私たちの人生の目的は「神さまを喜ぶこと」であり、神礼拝と奉仕のうちにあるからである。私たちは、礼拝に何を求めて来るのだろうか。慰めや励まし。礼拝における神の祝福に違いない。しかし、ザカリヤの讃歌は、私たちが今このように自由に礼拝をささげられることそのものが救いであることを教えている。
 イエスの時代、ユダヤの人々は、ローマの支配によって宗教的自由を脅かされ続けてきた。そして、正しい神礼拝を守るためにいのちをかけて戦う人々もいた。歴史の中では、このローマの圧政からの自由を求めて武装蜂起し、クーデターを起こそうとする熱心なユダヤ教徒もいたが、それらは皆強大なローマの力でねじ伏せられ、握りつぶされてしまった。人々は、そのような圧迫者である敵から救われて、自由に恐れなく神を礼拝することを熱烈に求め続けて来たのである。
 ザカリヤは、恐れなく神に仕えることのできる救いを、力による対抗、武装蜂起したりクーデターを起こすところにではなく、全く別のところに求めた。彼はこの救いを「罪の赦しによる救い」と表現している。生涯のすべての日に。きよく、正しく恐れなく神さまに仕えることを妨げてきたのは、異教の国家権力ではない。私たちの内に潜む罪なのだ。どんなに環境が整っても、それで理想の神礼拝が守れるわけではない。罪が神の御前で私たちを不敬虔にし、私たちを醜くし、神を憎み恐怖する者とさせる。そこで、神は「われらの生涯のすべての日に、きよく、正しく、恐れなく、主の御前に仕えることを許される」救いを、罪の赦しという思い切ったやり方で行なってくださったのである。神とのねじ曲った関係を正しくし、私たちの心を神に向けてくださって、正しい神礼拝を回復してくださったのある。罪の赦しこそ、本当の自由、本当の敵からの解放にほかならない。
 これこそが私たちの信仰。「罪の赦しによる救い」こそが世界の秩序を回復し、人々を真に解放するのである。現代の日本も暗く混乱している。こうした中で、私たちも「罪の赦しによる救い」というもののすばらしさを、日々の暮しと礼拝において味わいたいものである。罪の赦しこそ、多くの悲惨の根源にある不安や空虚感を取り除き、人を神の愛に満たし、自由と喜びの内に人々を生かす力なのだから。
 ①インマヌエルの神は私たち現実の真っ只中に来てくださる。神はイエスにおいて、私たちのただ中におられる。あなたの日々の生活のその現場に、永遠の主が来てくださる。間近に、本当にすぐそこに、手が届くようなところに来てくださる。これこそがクリスマスの偉大な奥義。私たち人間の心のすぐ傍らまで来られた。日の出が訪れたのだ。
 ②「われらの足を平和の道に導く」。私たちは自らの道を自分自身の力では進むことができない。私たちを見守り、私たちの足のために道を開いてくださるお方が、私たちの身近におられるというのだ。私たちはこの道を行くことが許され、また行くべきである。無秩序の中に神の秩序が打ち立てられる。混乱の中に真の平和が打ち立てられる。私たちには今や、不安定のかわりに、力と安らぎが、憂いと生の不安と死の恐怖のかわりに、確信とあらゆる恐怖からの自由が与えられ、私たちの前には、平和の道が、神さまとの調和の道が続いている。
 私たちはもはや、赦されない罪の負い目や良心の重荷を捨て去ってもよいのだ。神の偉大な約束のもとに、感謝と讃美をもって、私たちもこの道を進んでいこうではないか。

2014年12月07日(待降節第2主日礼拝)

あかし 『私の献身への道』 (2)

 
生涯を伝道者となる道に進もうと決心した私はすぐに重大な問題に直面した。他でもない、あの父をどう説得するのか。そのことを思うと心は沈み、気が重くなるのだった。父は親が子に抱くように、期待もあっただろう。しかし自分の子がキリスト信者になったばかりか、伝道者になる? とても受け入れることはできなかった。ベビーブームの時代に生まれ育った私は激しい受験戦争の直中にあった。成績も学内で常に上位にあったため、父は少なからぬ期待を寄せていたことを十分すぎるほど感じていた。
 しかし勇気をふるって父に「献身」について打ち明け、話した。が、すぐに猛烈な反対の嵐の中に突き落とされることになった。父はさまざまな方法で私を説き伏せようと画策した。私も私で必死になって父を説き伏せようと努力した。話し合いはいつも平行線、歩み寄ることはないばかりか、ますます激化していく。激しいやりとりの末にはいつも大きな失望感が父にも私にも支配し、独り隠れて涙した。
 父のとった行動はますます過激なものとなっていくのだった。まず学校に押しかけ、校長はじめ教頭先生に「お前の学校では何を教育しているのか?」と猛烈な抗議をした。こんな抗議は全く筋違いというものだが、父の必死さが伝わってくる。学校側もさまざまな方法で私の思いを変えようと説得工作をしてくるようになった。学校長推薦で分不相応な名門大学の名前をあげたり、当時水泳部にいた私をスポーツ推薦枠で有名大学6校を提示して下さった。このことは私には大きな特権であり、うれしい喜びでもあった。心が揺らいだのも事実だった。しかし、生来父と同じく頑固な私は意地っ張りでもあり、「献身」の思いはかえって強くなっていった。
 ついに父は教会にまで怒鳴り込んできた。これには驚かされた。しかし恩師は静かに父の感情を受け止め、耳を傾け、そして父を説得しようと心を砕いてくださった。それでも父の逆鱗は治まることはなかった。
 あらゆる手段で父は私の献身への思いを挫こうとした。ついにはもしこの道を進むならば、親子の縁を絶つとまで言い放たれた。
 私の周りの人々は親戚縁者、あらゆる人が私の反対者たちに思えた。しかしそうではなかった。同じクリスチャンの友人たちが私のために祈り支えてくれたことは大きな援軍となっていた。こうした父と私の悪化していく関係に憂いを感じられたクリスチャンの中には、ひとまず父の言うように大学に進んで、卒業した後に改めて献身の道を模索したらと助言してくださる人もおられた。その助言もうれしかったが、もはや引き返すことができないほどに、私の心は一途、一心に献身へと突き進んでいったのである。聖書のことばを真剣に読み、私のこの献身の思いが本当に神のみこころなのか祈り求めた。単なるあこがれや希望なのか、意地の張り合いの中で、冷静さを失っているのだろうか。真剣に考え、つとめて冷静に自分を振り返る努力をした。おかしいことだが、ひとり山に籠もって、修験者のようなこともした。だがどんなに自分に問いかけてみても答えは見つからなかった。むしろ自分に問いかけることにではなく、神に問いかけ、そのみこころを知ろうと熱心に祈りはじめたとき、暗いトンネルの先に小さな光が見え始めた。その光は確かに私の人生を照らすものとなっていくのを強く感じ、意識できるようになっていった。