2014年11月分(五篇)

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2014年11月30日(待降節第1主日礼拝)

『マグニフィカ-ト・マリヤの讃歌』

ルカによる福音書1章46~55節

 教会歴によれば、今朝は待降節第1主日。待降節とは、全人類の救いのために、神が御子イエスをお送りくださったのであるが、それまでには長い歴史を経ている。歴史はこの一点に向かって長い準備をしながら、御子の誕生を待ち続けた、これを記念する期間。
 この讃歌に込められている豊かさに気づかされる。これらの讃歌がただ個人の体験に基づくものというよりも、まさしく長い教会の歴史を通して歌い継がれてきた、教会の讃歌であり、私たちの讃歌でもあることに大きな喜びを感じる。
 マグニフィカ-トといわれるマリヤの讃歌。マグニフィカ-トとは「あがめる」というラテン語で、46節で「主をあがめ」と歌われている。神をたたえ、賛美する歌のこと。ここにマリヤの信仰を見ることができる。
 マリヤの意味はミリアム「苦い沒薬」。彼女は決して高貴な乙女ではなかった。小さな町の庶民の娘。ルタ-は彼女の年齢を13,4才だったと見る。
 天使ガブリエルが現われ、告げた。これが有名な聖霊による懐妊、受胎告知。マリヤは自分に与えられた、この驚くべき聖霊による処女懐妊の奇跡とキリストの肉なる母となるという特権を与えられた驚きの中で、全身全霊をもって自分の身に起こったことを喜び歌うのである。
 私はここに神の大いなる選びということを感じる。他にも女性はいただろう。しかしマリアでなければならなかったのだ。それは彼女がたぐいまれなる優れた品性と人格とを備えもった女性だったからか。多くの絵画が、ことさらにマリアの美しさを内面の美しさとして描いていることからも、確かに彼女には、選ばれるにふさわしいものがあったのだろう。ひるがえって私たちの場合、どうだろう。神は優れて豊かな信仰と品性を持ち合わせたものだけをお選びになられるのだろうか。そうでは断じてない。ごくごく普通の、どこにでもいる私たちを、神さまはそのお働きのために、選ばれるのだ。では、マリアに備わっていたものとはなにか。なにゆえ神はマリアをお選びになったのか。
 ①「卑しさ」。(48節)聖書がいう謙遜とは、人間に関することではない。神が卑しい姿に自ら低めること。これがマリヤの讃歌の中心。クリスマスは、神が人間になられたという奥義を伝えている。私たちを救うために、私たちの間近にいるべく、私たちと同じあわれな肉と血の中に入って来てくださった。ルタ-は「ここでは、至高者がいかに深く身をかがめているか」を学ぶべきであると言っている。またこうも言う。「神はひたすら深いところを見て、高いところを見ない」。神は罪と悲しみ、重荷と苦しみを担ったこの世と人々の姿を見ておられる。人間の苦悩、罪のあらゆる深みを見つめておられる。生きることに行き詰って、もはや絶望以外になにもないような人を見つめている。唯一真の神は「そのあわれみをいつまでも忘れない」のである。
 ②「御腕」、地上の真っ只中に下って来られたこの主が、同時に全世界を支配する力強い主。
 世界を支配し、歴史を動かす主、卑しい者を引き上げ、飢えている者を良いもので飽かすことのできる主が、「この私」に大きなことをなしてくださった、と賛美することのできる信仰を私たちも学びたい。

2014年11月23日(第4主日礼拝)

『心に留め、実行しなさい』

ピリピ人への手紙4章8~9節


 パウロは手紙を閉じるにあたって「最後に・・心を留めなさい」と勧めている。ここにある8つの徳目は、何も珍しく特別なものではなかった。当時のギリシャ文化にあっては、これらのものは重んじられていたのである。ではパウロはここで何か新しいことを語ろうとしているのだろうか。キリスト教会の歴史は、その時代の文化を否定したものだったのか。パウロは「そのようなことに心を留めよ」と言う。「心に留めよ」とは、ただ単に考えておくとか、心の中に入れておくというようなことではなく、「実行せよ」と言うことだ(9節)。
 キリスト教の歴史というものは、ダイナミックで力あるものであった。福音は、様々な歴史を持つ国や地域の文化を取り込み、それらの文化を新しいものに造り変えていったのである。
 たとえば「真実なこと」ということが何を意味するのか。これは本来「嘘をつかない」、「ごまかさない」そういう意味である。しかしパウロは、ここでそれは単に嘘をつかないというところにとどまるものではないと教える。なぜなら私たちは「まことに真実な方」を知っているからである。主イエス・キリストである。キリストの真実は、単に嘘をつかないというようなものではなかったはずだ。人に対してだけではなく、神に対しても、心とことばと行いにおいて真実、二心なく真実なお方であった。ここでパウロが「真実なことに心を留める」と言ったとき、それはこのキリストの真実に倣う者として生きるということ以外になかったのではないだろうか。つまり、「真実なこと」ということばを受け継いで、しかしその中身においては主イエス・キリストをモデルとするものに変えてしまったのだ。これは、次の「誉れあること」や「正しいこと」等々についても、同じことが言える。「まことの神にして、まことの人」である、主イエス・キリストというお方の十字架と復活の出来事によって救われた私たちには、このお方を抜きにして、最早、真実にしろ、誉れしろ、考えることは出来なくなったのである。そこで何が起きるかと言うと、「ことばを受け継ぎながらその内容は変える」という、キリストの福音によって、ギリシャ・ローマの文化を造り変えるということが起きているのである。それが可能であるのは、主イエス・キリストというお方が、「まことの神にして、まことの人」であられるゆえに、この方をモデルにする以上、その内容がその文化をはるかに超えて素晴らしいからだ。
 これは、ゲルマン民族にキリスト教が伝わる時にも、英国・米国という、アングロ・サクソンにキリスト教が伝わる時にも起きたことである。キリスト教は、その国や地域の文化を受容しつつ、それを福音によって造り変えていく、そういう力を持つ。それは必ず起きなければならない。明治時代にキリスト教に出会った多くのキリスト者は、日本文化の中にある「武士道」とキリスト教の倫理・生き方を重ね合わせようとした。植村正久・内村鑑三・新渡戸稲造、皆そうだった。彼らは日本の文化を無視するのではなく、福音によって新しいものに造りかえていこうとしたのである。そうでなければ、この国にキリストの福音が本当に根づいていくということはなかっただろう。そしてこのことは、キリストの福音がそれを信じる一人の人を救い聖めるだけでなく、その国を、その文化を聖めるということでもあるのだから。

2014年11月16日(第3主日)

『何も思い煩わないで』

ピリピ人への手紙4章6~7節


 わたしたちの人生には、いろいろな悩みや思い煩いがある。『思い煩い』というのは人が人生の正しい目標を見失って歩んでいるときに現れるものである。その原因はどうであれ、思い煩う本人の問題が大きいということもまた忘れてはならない。ときには、原因らしい原因がないのに、思い煩うこともある。これを「取り越し苦労」という。このような人は思い煩う原因となるべきものがまだないうちから、悩み始めるの。雷をひどく怖がる人がいる。雷がまだならないうちから、雷の鳴る日は、お腹が急に痛くなったりするような人のことだ。しかし、取り越し苦労というのは、実に愚かで、他の人よりも一回づつ多く、いつも悩まなければならない。苦しいことが起こる前に一度悩んでいて、実際に起こってからまたもう一度悩むのだ。
 思い煩いほど非生産的なものはない。身体ばかりか精神衛生上良くない。そこには何ひとつ建設的なものは生まれてこない。また、思い煩いは外的要因よりもその人の内側に原因がある。だから、どんな状況の中に置かれても、内側が解決しなければ、思い煩いは解決しないのだ。
 なぜ私たちは思い煩うのか。①自分の弱さ。何かをしなければならないと思いながらも、それができない自分の弱さを知っている。自分の前に襲ってくることがあまりにも大きくて、自分の力では背負い切れないと思うところから起こってくる。しかもそうした時に、自分の力で解決しようとして悩むばかりでなく、自分に都合のいいように解決しようという気持ちがどうしてもあるから、さらに悩む。自分のメンツがつぶされないように、自分が損しないようにと考えるのだが、なかなか事柄はそうとばかりはいってくれない。そこで思い煩いが起こってくる。自分に都合のいいようになることが解決だと決めてかかる自己主義とは、そうならない弱さが、思い煩いの根本にあるのではないだろうか。 ②思い煩いは、現在の苦しみ、将来への不安など、自分の思いを、ああでもない、こうでもないと決めかね、心を千々に砕くことである。思い煩ったところで、現状が好転するということはないのである。
 思い煩いから解放される道はただひとつ。祈りこそ最善の方法である。
「事ごとに感謝をもって、祈りと願いをささげ、あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい」とあるように、神のもとに持っていけばよいのだ。神は熟練者が手際よく片づけるように、あらゆる問題を処理してくださる。全知全能の神は完全な解決を与えてくださるのである。
私たちのすべてを知っておられる神と人格的な交わりを持ち、祈りと願いとによってすべてのことを申し上げる。この生活こそ思い煩いから解放された生活なのであある。これがパウロの言う「主にあって」ということである。
 人知では計り知れない神の平安が、私たちの心と思いとを守ってくださる。「守る」とは「監視する」という意味。私たちの人生の進路が誤ることのないように、神は監視してくださっているのだ。
 思い煩いとは自己中心性から来ている。しかし、神は祈る私たちに心に統一を与えてくださる。平安とは、心の統一なのである。自己中心性よりの解放こそが、思い煩わない道であり、解決なのである。神の与えてくださる平安こそ、「人のすべての考えにまさる神の平安」。私たちの思いがなくなってしまうのではなく、「思いにまさる」ところにおいて、である。私たちの常識や理性で考えるところをはるかに越えたものが「キリスト・イエスにあって」守ってくれるのである。主イエスとの生きた信仰の交わりにおいてが唯一の道である。主にあって、そう、主にあってこそ私たちの歩むべき道なのである。

2014年11月09日(第2主日)

『いつも主にあって喜びなさい』

ピリピ人への手紙4章4~5節


 パウロの手紙の中には「喜び」があふれている。今、牢獄の中にあっても彼は喜びにあふれているのである。
 「喜び」というのは私たちの心の深みにおいて、「生きる喜び」をたたえているということではないだろうか。
 私たちは、つまらないことで喜んだり悲しんだりするのだが、それは人生そのものを喜んでいるというのではなく、自分のまわりに起こってくるものを喜んでいるわけで、そうしたものは、すぐに過ぎ去ってしまって、長続きするものではない。いつもまわりの条件によって喜べたり、喜べなかったりする。つまり、条件づけられた喜びと言ったらよいだろう。
 パウロは喜べるときにだけ喜べということではなく、喜べないときにも喜べという。私たちの喜びというものは、利己的な自我が舵をとっているのだ。しかもその自我というものは、自主的に舵をとっているかというと、そうではない。利己的な自我を満足させるような事態、つまり風向きに従って舵をとっていくのだ。そのことから私たちの喜びというものは、本当に自主的に喜んでいるのはなく、「喜ばされている」にすぎない。「隷属的な喜び」にすぎないことがわかる。
 パウロがまわりがどのようであれ、「いつも喜びなさい」と勧めているのは、私たちを取り巻くまわりの状況や条件がどのように変わったとしても、心の深みにおいて、生きる喜びを持ち続けることができるためには、「主にあって」喜ぶということ以外にはないのだ。修養や努力や能力などだけで、できるものではない。生来の力でできるものでもない。
 「主にあって」とは主イエス・キリストとの生きた人格的な関係のうちにあって、ということである。「主にあって」とは、私たちの存在そのものが主によって支えられているという信仰にほかならない。私たちの生そのものがこの世にではなく、永遠の神の中に根付いているならば、この世の浮沈はもはや眼中になくなる。このお方によって支えられ、このお方によって、私たちの生そのものがあるのだ。喜ぶ力も与えられる。
 パウロは「あなたがたの寛容な心を、すべての人に知らせなさい。」と勧めている。「すべての人に」である。「この人は良いが、あの人だけは別だ」という思いを排除しなければならない。ピリピの教会における二人の婦人には「寛容な心」がなかった。寛容とは、相手にあなどられる道、広い心(新共同訳聖書)である。
 寛容な心をすべての人に知らさなければならないのは、「主は近い」からである。これは「主はわたしたちの近くにおられる」という意味でもある。私たちは主の御前に、不平不満でいっぱいの顔をして立つのか、あるいは主イエスに生かされている喜びに満ちあふれて立つのかが問われている。「主は近い」という信仰こそ、信仰生活におけるあらゆる徳、あらゆる良いわざの原動力なのである。
 そしてまた、主の再臨は近いという意味でもある。主が私と共におられ、まさに私が主の中に、主に包まれている。その私の近くにおられる主が、再び来られる。その日に与えられる恵みを、私たちは信仰において先取りして与えられている今があることを心から感謝して生きていこう。

2014年11月02日(第1主日)

あかし 『私の献身への道』 (1)


 小さい頃の夢は船乗りになって世界中を旅することだった。高校生になってからは田舎教師となることが人生の目標となった。それなりに勉強にも励み、水泳でも良い記録を得るために頑張っていた。その私が今のような牧師、伝道者となることなどは考えてもいなかった。ところが、私が信仰を得たハイビーエー(高校生聖書伝道協会)には通常の集会に加えて、ハイエムエフという集まりがあり、熱心に参加していたのだが、そこでの体験が私の人生を大きく転換することとなった。この集まりはハイスクルール・ミッショナリー・フェローシップといい、そこでは毎回、日本人で、海外に宣教師として働く先生方をお迎えしてお話をお聞きするのである。あるときの集会で、私は生まれて初めて大きな衝撃を受けた。その時の講師は、インドで宣教師として働くAT先生だった。インドの実情、その貧しさやカーストに縛られている多くの人々の姿を聴いた。ちょうどそのころ手にした本の一つに、マザーテレサについて書かれているものがあったので、私の心には、いつしか将来はインドへ宣教師として行き、マザーテレサのような働きをしたいという思いが生まれたのである。
 ある日、デボーションをしていたときのこと。ひとつの聖書のことばに出会った。それはヨハネの手紙第一3章16節。「キリストは、私たちのために、ご自分のいのちをお捨てになりました。それによって私たちに愛がわかったのです。ですから私たちは、兄弟のために、いのちを捨てるべきです。」
 今までに感じたことのない強い衝撃を受けた。自分が他人のためにいのちを捨てる、果たしてそんなことができるだろうか。現に私の中には、愛どころか、憎しみだけが支配し、自分の父を尊敬し、愛し、受け入れてはいない。学校でも周りにいる人々は皆敵であり、友などは一人もいなかった。私にできることはただ一つ。祈ること、自分には愛が全くないことを認めることだった。そして祈った。けれども現実はそんなに甘くなかった。父と向き合うときは必ず口論となり、反抗心だけがむき出しになるのだった。そんなとき聖書のひとつのことばが心にとまった。旧約エレミヤ書1章4~7節「次のような主のことばが私にあった。『わたしは、あなたを胎内に形造る前から、あなたを知り、あなたが腹から出る前から、あなたを聖別し、あなたを国々への預言者と定めていた。』・・主は私に仰せられた。『まだ若い、と言うな。わたしがあなたを遣わすどんな所へでも行き、わたしがあなたに命じるすべての事を語れ。』」
 私は卒業後の進路について考え、祈るようになった。そのような中で生まれた思いが、高校を卒業したら、もっと聖書を学びたい、そのために神学校に学ぼう。将来は宣教師となって世界へ出ていこうというものだった。
 もちろん、父がそれを許すわけがない。そこからさらなる壮絶な闘いが始まることになった。父は何とかして私の思いを変えようとした。しかし、私の決意、決心は変わることがなかった。むしろ強くなるのであった。
 「献身」ということばの意味も知らない私の心には、神さまのために自分の生涯を献げて生きようという思いが日ごとに強くなっていき、思えば猪突猛進の私の、献身の小さな、しかし大きな一歩となったのである