2014年6月分(五篇)

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2014年6月29日(第5主日)

『キリストの福音にふさわしく生活しなさい』

ピリピ人への手紙1章27~30節
    (本日の説教から)

 自分がクリスチャンらしい人間であるかと問われたならば、赤面するしかないだろう。世の人は、クリスチャンに対して、勝手なイメージを持っているものだ。優しくて、親切で、物静かで、微笑みを絶やさない。今までたくさんの人と出会ってきたが、そのようなイメージにピッタリの人になど出会ったことがない。私自身はといえばまことに短気で、少しも静かではない、ガサツな人間だ。クリスチャンらしい性格だとかというものは存在しないのだと思う。私たちはみんな違う。みんな違って、みんな良いのだ。信仰が与えられたからといって、性格が変わるわけではない。無口な人がおしゃべりになる訳でもないし、おしゃべりな人が急に無口になる訳でもない。ただ、こういうことはあると思う。今まで、無口だった人が、「あの人は暗いね」と言われていた人が、無口でいながら、「あの人は落ち着いている人だ」と言われるようになる。おしゃべりな人が、「あの人は本当にうるさいわね」が「あの人がいると本当に明るくなるね」。そういう変化はあるだろうと思う。それは、その人の性格が変わったのではなく、生き方、生きる姿勢、他者との関わり方が変わるからなのだ。
 私たちに求められているのは、福音にふさわしい性格というものではなく、福音にふさわしく生きるということなのだ。新改訳聖書の欄外注には、普通用いられている「日常生活」という意味ではなく、責任と特権とを意識した「市民生活」をせよだ。神の都の市民としての自覚とと誇りをもって生活せよとパウロは勧めるのだ。
 その顕著な歩みは「霊と心を一つにして」福音の前進。教会は信仰共同体、同じ一つの志と目標を持って共に生きる集まり、福音の信仰のために力を合わせて闘おうということなのだ。みことばの中に、「奮闘」とか「戦う」ということばが繰り返し使われている。福音にふさわしく生きるというのは、心穏やかに平安に生きることなのであって、おおよそ戦うこととは正反対のように思われるかもしれないが、戦うことが求められている。しかもこの戦いは、自分の中に潜む、不信仰に対しての戦いなのである。
 確かに神さまは、私たちに良いことをして下さる。しかし、私に良いことをして下さるということは、私が良いことと考えていることをして下さることであるとは限らないのだ。神さまが良いと思うことと、私たちが良いと思うことは、同じではない。ここに信仰の深刻な危機がある。神さまは私を愛しておられるはずなのに、どうしてこんな苦しみを神さまは与えるのかという思いが頭をもたげる。神さまの愛、神さまのご支配が信じられなくなるという危機だ。29節「あなたがたは、キリストのために、キリストを信じる信仰だけでなく、キリストのための苦しみをも賜ったのです。」と告げる。これは、実に驚くべきことばだ。私たちは、誰も苦しみになど出会いたくないし、こちらから進んで苦しみを求める人もいない。しかし、苦しみは避けようもなく、向こうからやって来る。聖書は、それは恵みとして与えられたものだと告げるのだ。何故、苦しみが恵みなのか? 
 ちっぽけな頭の中で理解しようとしても、はみ出してしまう。しかし、苦しみの中でなおもイエス・キリストをより頼んで、その苦しみの時を乗り超えた者には、この苦しみが恵みとして与えられたということが、本当のことだとわかるのではないだろうか。
 苦しみの時を通して、いよいよ深く、確かに、イエスさまと自分が結び合わされていることを知るようになるからだ。「いまは、しばらくの間、さまざまの試練の中で、悲しまなければならないのですが、あなたがたの信仰の試練は、火で精錬されつつなお朽ちて行く金よりも尊く、イエス・キリストの現れのときに称賛と光栄と栄誉になることがわかります。」。(Ⅰペテロ1:6~7)。だがイエスさまは約束される。「私はあなたと共にいる」と。

2014年6月22日(第4主日)

『私にとっては、生きることはキリスト』
ピリピ人への手紙1章18~26節
   (本日の説教から)

 神の栄光をあらわすことをまず第一に。ひとことで言うのはたやすいが実際にそのように生きることは私たちにはむずかしい。その反対は自分を喜ばせること。私たちにはこの方がよくわかる。というのも自分の利益を追求する。そのためには他人がどうであってもかまわない。徹底的に自己中心な生き方をしている者には、神を喜ばせることなど到底できないことだ。
 「どんな場合にも」とパウロは言う。私たちがすることは取捨選択、これなら神を喜ばせることができると、その逆もまた然り。パウロが立たされている投獄という現実はおおよそ神の栄光をあらわすにはほど遠い。しかし彼は言う。「生きるにも死ぬにも私の身によって、キリストがあがめられること」
 もしも、自分が正面に出て生きているならば、うぬぼれや虚栄心の強い私たちは、どうして自分が苦しんだり、みじめな思いをすることに甘んじることができるだろうか。パウロが貧しい身なりをしたり、牢獄につながれたりすることを少しも恥じたりしないのは、彼のうちにイエスさまが生きていたからだ。私たちは、自分のメンツなどよりも、イエスさまのあがめられることを願うのであるが、自分の名誉であるとか、自分のほまれを求めるならば、私たちの内にイエスさまはいない。平素そう願いながらも、いざとなるとイエスさまと自分を両天秤にかけて自分を選んでしまうのは、どうしてなのか。それは、生まれながらの自分が、今なお私たちの内にあるから。心の王座に自分がドカンと居座っているのだ。パウロの内にはイエスさまが生きていた。
 パウロはしかもこう言い切る。「私にとっては、生きることはキリスト、死ぬことも益です」。これは、実に強烈なことばだ。自分の命が、すでに復活のキリストの命に包まれている。キリストの命が自分の中に注ぎこまれ、自分が生きるということが、キリストが生きることと一つにされている。そう語っているのだ。「私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が肉にあって生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。」(ガラテヤ2:20)
 キリストと出会って彼は変えられた。自分が生きているのではなく、キリストの恵みのゆえに生かされている。「自分が、自分が、」と思っていたパウロが、「キリストが、キリストが、」というように変わった。そしてその時以来、キリストにある平安、死さえも彼から奪うことの出来ない平安をパウロは与えられたのである。
 私たちは、イエス・キリストを抜きにして、今の自分を考えることが出来るだろうか。あるいは、イエス・キリストを抜きにして、自分の死を考えることが出来るだろうか。確かなことは、私たちもまたパウロと同じように、イエス・キリストの復活の命の中に包まれ、生かされている恵みの中に生きているのということだ。
 一般に死を益であるとは考えない。なんとしても長生きしたいと考え、生に執着する。しかし、私たちには、死はもはや呪いでも恐れの対象でもなくなった。天国の入り口となったのだ。では死んだほうがよいのかといえば、そうではない。自分ひとりのことを考えるならば、死んで苦しみから解放され、イエスさまのみもとへ行って、永遠の休みを得たほうがよいだろう。しかし私たちはもはや自分のためにではなく、イエスさまのために生きる生き方を知ったのである。自分のために自分の生を生きるかぎり、そこでは生は自己目的化し、いつも死によって脅かされ続けていかなければならない。イエスさまのために生きる、ここに永遠に続く生への一歩があることを知ろう。


2014年6月15日(第3主日・音楽歓迎礼拝)

『いつも喜び、感謝し、祈ること』
(新しく教会においでくださった方ために)

 いつも喜び、絶えず祈り、すべての事について、感謝しましょう。(Ⅰテサロニケ5:16~18)
 聖書の名言のひとつだ。けれども、これを実行し、そのように生きることはなかなかむずかしい。
 ①喜びを見つけること。現実の自分の生活を見るとき、なんと喜ぶことの下手な生き方をしているだろうか。長年糖尿病を患い三大合併症を発症、最初に苦しんだのは目、40才のときから眼底出血の手術を受けること8回、両眼で8000発ものレーザー処置を受けなんとか助けていただいた。左目は硝子体の交換手術も受け、今年になって白内障の手術により見えなかった目が飛躍的に改善された。神経障害というのは両足の感覚が全くなくなり雲の上をいつも歩いているようで、痛みも痒みも感じない。思い返せばあの3.11、散乱した書斎の棚を整理していたとき、知らずに画鋲を踏み、気がついたときには針がすでにかかと3㎝深くまで入り込み緊急入院、再診の技術によりなんとか助けていただいた。小さな傷から炎症、化膿、そして壊疽。足の切断をまぬがれてきたのも奇跡と いうことしかない。フットケアーは今も毎日続けているが、足は感覚がないのに、神経にはときおり耐えがたい痛みに襲われ、眠れない夜もしばしばある。家内は「痛みを感じるのだから生きているのよ」と言う。それもまた名言かもしれない。最悪のことを思えば、不自由なく行動でき、美しい自然を愛で、日々手ずから育てた野菜の数々を食する毎日を喜ぶことにしよう。
 ②絶えず祈ること。合併症が加速的に悪化、最後の砦、腎臓に深刻なダメージを与え、ついに人工透析生活を余儀なくされた。週3日間5時間ベッドに身動き出来ずに血液交換を受ける。飛躍的な医療技術の進歩により長生きも可能となった。4日間透析を受けずにいると確実に死に至らせる重い深刻な病だ。食べることもさることながら水分の制限は辛いものだ。行動にも制限を受ける。私の生活はまず人工透析ありき。だから以前のように好きな時に好きなところへバイクで走り回ることができなくなった。けれども生活の改善を心がけるようにし、与えられた時間を有意義に過ごすすべを学んだ。そのひとつが少しでも朝のひとときを大事にするようになったこと。牧師としての働きの一つ、祈ることに専念できるようになった。以前よりもよく祈るようになった。自分のために、それ以上に今さまざまな苦しみの中にある友のために。祈ることを通して、隣人を深く思うことができるようになった。すべてを見ておられるイエスさまに愛され、生かされていることを知り、日々平安のうちに生活させていただいている。
 ③すべてを感謝すること。幸福な人生の秘訣はここにある。私も老年に向かって歩んでいるが、多くのものの中からひとつ選べと言われたら、感謝する力を求めるだろう。肉体の健康はもとより、霊的な健康のバロメーターはなんといっても感謝すること。自分を中心に生きようとする人には、感謝する余裕もない。隣人にもっと関心を、そしてどんな小さな事、逆境さえも感謝するものとなりたい。ここにこそ人生を幸いに生きる秘訣がある。信仰によって与えられる希望にあふれる今日、明日があるのだから。

2014年6月08日(第2主日)

『ただキリストがあがめられますように』
ピリピ人への手紙1章15~18節


 キリスト教会はその初めからひとつの明確な核心を持っていた。「ただ神さまのご栄光のために」。私たちが仕事をする時も、家事をする時も、子どもを育てる時も、神さまのご栄光のために。すべてのわざは、「神さまのご栄光のために」ということになる。
 若い頃の私は自分のために、自分が幸いになり、自分が偉くなり、金持ちになり、豊かな生活を手に入れるために生きる。そのために勉強もすれば努力もする。それが当然のことであり、それ以外の生き方があるなどということは考えたこともなかった。私はどこまでも「自分のために」という所でしかものごとを考えることが出来ない、考えたこともない人間だった。そういう私にとって、自分の栄光ではなく、神さまのご栄光を求める。自分が大きくなることではなくて、神さまが大きくなることや神さまを喜ばせることを求めて生きる。これが信仰の道であるということを、今は本当のことだ。この生き方にこそ、私たちを本当に強くさせ、本当の幸いへと導く道がある、そう信じている。そして、「ただ、神さまにのみ栄光あれ」という所で生きる喜びを、一人でも多くの人に知って欲しいと願っているのだ。
 パウロは二つの面で患難に出会っていた。ひとつは抗獄されるという患難。しかしそのことはかえって福音の前進になったと言って喜んでいる。ところがパウロにはもうひとつの患難があった。善意から福音を宣べ伝えているひとばかりではなく、悪意からそうしている人たちがいたのだ。その身を削るほどの苦しみだった。
 ところがパウロはここで驚くべきことを語る。「すると、どういうことになりますか。つまり、見せかけであろうとも、真実であろうとも、あらゆるしかたで、キリストが宣べ伝えられているのであって、このことを私は喜んでいます。そうです、今からも喜ぶことでしょう」。実に驚くべきことばだ。
 パウロがこのような生き方を誰から学んだのだろう。彼がイエスさまに敵対して歩んでいたとき、イエスさまが彼を愛し、彼を受け入れてくださったのだ。神さまが先手を打って私たちを愛してくださったことによって、人間の敵意がうち砕かれることを知っていたパウロは、ここにこそ、本当の解決があることを知っていた。ここに私たちクリスチャンの真実な生き方がある。
 自分がどのように非難され、無視されようと、そのようなことはパウロにとって問題ではなかった。ただ「キリストのすばらしさが表される」ことだけだった。自分の利害関係を離れて、神さまの喜びをわが喜びとする。それが神さまのみこころ。そして神さまの喜びなのだ。
 救われてからのパウロは、一貫して、自分の身によってイエスさまのすばらしさが現されることを求めた。パウロはただイエスさまのために生き、イエスさまが宣べ伝えられることだけを求めたのである。
 私たちは「自分の栄光のために」ではなく、「ただ、神にのみ栄光あれ」という、新しい生き方を知らされた。私たちの弱さをも用いられる神さまの愛と力とを知らされたのである。だとするならば、人が自分をどう見るかではなくて、あるいは、自分の身の上に起きた不幸を数え上げるのではなくて、この弱い私をも用いてなされている神さまの救いのみわざ、福音の前進に目を注ごうではないか。福音の前進のために用いられていない人など一人もいない。神さまに与えられた試練の中でじっと耐え、それでもなおイエスさまのみわざを信じて、黙々となすべきわざに励んでいる私たちの姿が、何よりも雄弁に、神さまの恵みを語っていくのだから。

2014年6月01日(第1主日)

あかし 『私の信仰への道』(3)

                
私の信仰への道はそんなにたやすくはなかった。古い昔から青木の家は熱心な仏教門徒であり、日々の生活にも至る所に習慣となって息づいていたといっても過言ではない。毎朝の勤行に始まり、ほとんど一年が祥月命日やその季節のおりおりにさまざまなお祭り事に否応なしに参加しなければならなかった。キリスト信仰のゆえに拒否することなど断固許されなかった。そのような家庭にあってひとりキリスト信仰を貫くには、まだ16才の私にはあまりにも幼く、微力だった。仏前に手を合わせることをもって家族の一員であるかのように、父はことあるごとに強要した。また寺に詣でることも家族の長く続くしきたりだったのだ。しかも5人の子どもたちひとりひとりにはお決まりのおつとめがあった。私は神前にお榊とお水を差し上げる仕事であった。自分を偽り、自分をだましだまし仕方なく従うしかその時を凌ぐすべはなかった。そんな生活には平安はなかった。
 形の上では従い、心は別のところにあった。それが自分なりの釈明であったが、それでもモーセの十戒には従っていない自分を見つめては自問自答の日々が続いた。日本人の多くはこの形(型)にこだわる民族である、さしとての信仰がなくとも、神仏に手を合わせるのである。だがしかし自分をだましだまし信仰の道を進みゆくことはできなかった。
 あるときから私は一切のお祭りごとには不参加を表明した。もちろんその後の私は孤立無援の中で、しかも家族の冷たい視線にさらされながらの生活との闘いが始まったのである。そんなとき聖書のことばが心に響いた。
 「わたしが来たのは地に平和をもたらすためだと思ってはなりません。わたしは、平和をもたらすために来たのではなく、剣をもたらすために来たのです。」(マタイ10:34)、「あなたがたは、自分に関する限り、すべての人と平和を保ちなさい。」(ローマ12:18)、「それは、神が混乱の神ではなく、平和の神だからです。」(Ⅰコリント14:33)
 しばらくしてから父の私への接し方が変わっていった。強制をしなかったが、かたくなな私に父が愛想尽かしてあきらめたのかと思ったが、そうではなく私を説得しようとする戦術の変更だったのかもしれない。けれども私は神さまの助けと受け止めることにした。それからはお祭りごとにも寺への詣にも誘われることはなかった。それは同時に完全無視の始まりでもあった。家族の中にあってこれも辛いことであった。
 私は生来子どもが大好きである。当時通っていた墨田教会では毎週日曜学校が行われていた。信仰のイロハもわからない私はすぐささま日曜学校のお手伝いをすることにした。毎週日曜日、家族のだれよりも早く起き、お米をとぎ、お湯を沸かし、朝食の下準備をして教会に向かった。これを静かに見ていた母がこんなことばをかけてくれたのが何よりもうれしかった。「ヒロちゃんはそんなに教会が好きなんだね」。不思議にも神さまの平安と喜びがジワジワとわき上がる私だった。クリスチャンの友だち、教会の仲間たちが私のために熱心に祈っていてくれたことにも、大きな力と勇気が与えられる思いであった。今思い返せば、これらのことは神さまの大きなご計画の序章でもあった。